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Author:エース12
エース12のブログへようこそ。
脳幹出血で倒れて19年経ちました。
車椅子生活で、リハビリをボチボチやりながら毎日のんびり生活しています。

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私の好きな音楽について

私は中学生頃から、音楽に興味をもちました。
親にせがんで、ラジオカセットテープレコーダーを買ってもらいました。
テープレコーダーのラジオから、流れてくる音楽を必死に録音しました。
当時は、ギター1本持ってステージに上がり、人の心を揺さぶる井上陽水さんに憧れ曲をよく聞きました。
芸名がアンドレカンドレから井上陽水さんに変わって、アルバム「氷の世界」は、爆発的にヒットし私も持っていました。
中でも、「人生が2度あれば」とか「小春おばさん」とか好きでした。
あの頃のフォークシンガーは、テレビに出ないというのが「お決まり」みたいなもので、他にも小椋佳さんとか山下達郎さんとか、絶対テレビには出ませんでした。
私は、よほど顔が不細工なのかなぁと思っていました。
そして、高校の先輩にオーストラリアの土産で貰ったアルバム、スウェーデンの男女4人組グループ、アバも好んで聞きました。
私が中学後半か、高校生前半だったと思いますが、洋楽に染まり始めました。
中でも第1次ブームのクィーンが好きでした。
1週間で、何枚もアルバムを買ってきて聞きました。
アルバイトのお金を、アルバムに殆ど使いました。
今映画になっている、ボヘミアンラプソディーを初めて聞いた時は、凄く衝撃的でした。
ヘビーなロックでもあり、オペラのような変な音楽でしたが、それをきっかけに、ルネッサンスの「シエラザード夜話」とかのプログレッシブロックにはまりました。
高校の友達に、良いステレオでもっとヘビーメタルなレッドツェッペリンみたいなアルバムを好んで聞いている人がいました。

時々親戚の兄さんが持っている、大きなステレオの良い音で、当時のレコード(カーペンターズ)(親戚の兄さんのところにあるアルバム)というやつを聞かされていましたが、あまり好きではありませんでした。
後にそのステレオを私が貰う訳ですが、家では大音量でクィーンの曲やルネッサンスなどのプログレッシブロックを聞いていました。
高校の後半あたりから、忙しくなり好きな音楽と少し離れ、ライオンズクラブの子供のクラブのレオクラブに入会して活動したり、カトリック高校生会に入り、活動していました。
以上が九州長崎で、これからは、今に至る名古屋の生活になります。
名古屋でも、レオクラブに籍を置きました。
その友達が、学校の軽音楽クラブに所属していて、その人の影響でジャズを好きになりました。
ジャズの音とかが好きで、その音を聞く為には、ある程度のオーディオを揃えようと思いました。
オーディオと言えば、JBLスピ―カ―。
社会人になって、自分の好きにお金は使えるので、そこそこ値段の高いオーディオ機器につぎ込みました。
レオクラブの友達に貰った、チャールスミンガスさんのマイファニーバレンタインの曲が入ったアルバムは、最近でも良く聞きます。
九州と比べると、名古屋の方がミュージシャン達は、ライブをやる可能性が大きいです。
名古屋に来て、ブルーノートレーベルのミュージシャンのライブを中心に、行っていたような気がします。
まず帝王で今は亡き、マイルスデイビスさん、サラボーンさん、まだ元気な、ソニーロリンズさん、チャーネットモフェットさんやスティーブガットさんが参加していた第1期マンハッタンジャズクィンテッド、このグループは時々メンバーが入れ替わりました。
中でもトランペットのルーソロフさんのプレイが好きでした。
デビットマシューズさんがリーダーのマンハッタンジャズオーケストラ、このグループには、ルーソロフさんも参加していました。
他にハービーハンコックさん、渡辺貞夫さん、ロンカーターさん、マーカスミラーさんの参加したライブに行きました。
九州時代から好きだった、フレディーマーキュリーさんの元気だったライブは、2回も来日した時行きました。
アーティストが亡くなっても、涙なんて流さない私ですが、フレディーマーキュリーさんが亡くなったことを知った時は、もうあんな声の歌手は二度と現れないだろうと思い、悲しくて泣きました。
昔先輩から貰ったアルバム、アバや、ウィーアーザワールドに参加していたシンディーローパーさんもライブに行きました。
何が今好きだろうか?と言うと、ジャズですね。

今年の3月31日で、私が倒れて20年目になります。
これからも前向きに頑張りたいと思います。
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下半身強化

最近、下半身の強化に務めています。
新しい、メニューの足腰を鍛える運動もやり始めました。
病院で、筋肉を作る漢方薬ももらい、飲んでいます。
まだ目に見えた、効果はありません。
車椅子で生活していると、どうしても下半身が弱くなり、寝ている時もあんまり寝返りをしない為なのか、朝起きると、腰が異常に痛いのです。
デイサービスを変わったら、私が歩くための指導を的確に判断してくれて、歩くという願いが本当になりそうなのです。
少なくても、今年中に4点杖で歩けそうです。
なんか今度は、妙に自信があります。
見ていてください。
今までのデイサービスだと、まず危険だとか、利用者が倒れたらだとかで安全だけを考えます。
安全も大事ですが、私は今よりも回復したいのです。
デイサービスには運動のための、理学療法士の先生はいますが、話ができるようになる言語聴覚士の先生がいません。
その為に自主トレとして口の体操や、出来るだけ口で話したり、カラオケに行ったりしています。
カラオケは、デイサービスにも置いてあって、機会があれば歌うようにしています。
早く歩けるようになって、久しぶりに車椅子より高い目線で、景色を眺めるのが楽しみです。

帽子を買いました。

ショートステイの帰り、近所にできた「ららぽーと 」に強制的に連れて行かれました。
友達が名古屋ブルーノートでライブをするので、見に行く時に被る帽子を買うためです。
私自身は、帽子はどうでもいいのですが。
帽子はありますが、妻と娘が新しいのに変えた方が良いと言って、私に似合いそうなのを選びました。
帽子屋の若い店員さんは、どれを被っても「お似合いですよ。」と言いますが、顔を見ると笑っていました。
私が時々ハゲ頭を見せるたびに、「寒いですから、暖かいのが良いですね。」とニットの帽子を笑いながら勧めてきました。
防寒よりもオシャレなのを探していますとは言えませんでした。
私は、ニットの帽子を試しに被ってみましたが、気に入るのがなくて、結局妻の勧める帽子にしました。
「ららぽーと」の印象なんですが、すれ違うお客さん達が、みんなおしゃれだなぁと感じました。
ジャージ上下でいるのは、私ぐらいです。

1月20日の日曜日に、友達のライブでした。
1番前の、見やすい場所を取れました。
趣味とは言え、大学時代からもうかれこれ40年の年季が入ったバンドです。
聴く度に上手くなっています。
私の、結婚式の二次会でも演奏してくれました。
久しぶりに行ってみると、とても懐かしい人達に会うことができて同窓会のようでした。
記念写真も撮り、楽しい時間でした。


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今年もよろしくお願いします

明けましておめでとうございます。
昨年は、施設で知り合った友達にリハビリに重きを置いた、良いデイサービスを紹介してもらいました。
何処にもつかまらずに、杖も持たずに歩くリハビリをやっています。
20年間、基礎ばかりやっていますので、リハビリはある程度までできますが、どこのデイサービスへ行っても中途半端になっていました。
リハビリの先生は、私をやる気にさせるのが上手いんですよ。
リハビリの時、私の腰を支えながら後ろからついて来ますが、聞こえるか 聞こえないぐらいの小さな声で、「上手いな!」とか言います。
私も調子に乗って、頑張るわけです。
以前調べたことによると、褒めることもリハビリの一部だそうです。

今年も頑張りますので、宜しくお願いします。

ボヘミアンラプソディを観て

クィーンの映画、ボヘミアンラプソディを観に連れて行ってもらいました。
クィーンのボーカル、フレディーマーキュリーは、エイズが原因でこの世を去りました。
現在では、わりと普通に同性愛者ゲイである事をカミングアウトしているゲイの人達ですが、当時はまだ認知度が少なく、自分がゲイであることを告白しにくい風潮にありました。
フレディーマーキュリーは、自分がゲイである事それにエイズに感染している事を、バンドのメンバーになかなか告白できずにいました。
最後は、自分がゲイでありエイズに感染している事をメンバーに告白できましたが、その苦悩を描いた実録映画でした。
同性愛の件については、なかなかデリケートな問題ですね。
クィーンと言えば、私の青春でした。
最近私も含め50歳代位のおじさん おばさん そしてクィーンの時代には、まだこの世に生まれていなかった若者達にも人気があります。
ボヘミアンラプソディは、世界30数か国で興行収入第1位になったそうです。
映画、20年ぶりでした。
感動しました。


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